駅・・・素敵な想い

私のちいさな鉄道ノートです・・・海とレール・・・そこには深い想いがあります・・・

2010年

早いもので、もうすぐ2010年も終わろうとしています。
(この記事を書いている時点ではあと1日ですね。)

今年はいろんなことがありすぎて、とても大変な一年でしたが、仕事から離れて一息ついたとき、そして通院の合間に・・・“鉄道”という趣味が私を支えてくれました。
前回の記事にも少し書きましたが、鉄道は今の私にとって、生きがいに近いものとなっています。

そして、「駅・・・素敵な想い」を閲覧してくださったみなさまへ。
私の拙い記事と写真を見てくださってありがとうございました。m(_ _)m
私の中途半端な内容の記事にも丁寧にコメントを残してくださったり、さりげなくそっといろんな情報を教えてくださったり・・・。2010年を振り返って、今・・感謝の気持ちでいっぱいです。

それから・・・
電気機関車の歴史を調べ始めてから、私はいろんな機関車たちに会うことが夢となりました。
何年かかるかわからないけれど、輸入機関車たちにも・・そして青い機関車にも会いたいと思っています。(電気機関車シリーズ・・・これからも少しずつ続きます。)
↓こちらの画像は、2007年3月に北九州貨物ターミナル駅のイベントで撮影したものです。
EH500 EF81 ED76

ここから先は、今年最後の・・・私のお喋りです。

食堂車で・・・お茶したいな・・・←こちらも夢です。(^^;
ナシ20形食堂車の中で、食事ができるのですね。(土・日・祝日のみ。平日は車内で駅弁販売があるのですね。)
交通科学博物館 http://www.mtm.or.jp/index.html にも行きたいです。

 [ 2010/12/30 14:56 ]  いろんな想い | TB(0) | コメント(7)

輸入電気機関車たちにあいたい・・・

大正時代にやってきた輸入電気機関車たちは、外観だけでなく機構的にも様々な個性がありました。
精巧なつくりのために、修繕や保守が大変だった機関車もあれば・・・
優秀で保守が容易な機関車だけど、いざ運行が始まると故障が多く発生してしまったり・・・。
でも、車体の形状や強力な牽引力を引き出す棒台枠方式や高速度遮断器などは、その後の国産機関車を製造するために更に改良され優秀なものへとつながりました。
(ここで、“高速度遮断器”・・・なのですが、電流が異常に多く流れた時に、主回路の電流を遮断する装置・・という考えでよいのでしょうか・・。ブレーカーのようなもの・・そのような受けとめ方でよいのかな・・そう思ったのですが・・。)

輸入機関車たちの個性は、その後の日本の電気機関車の製造に大きな影響を与えたのは確かなことなのですね。だけど、そこにはいつも技術者の方々が機関車と向き合ってこられたから・・・そして、改良に改良を重ねて今現在の電気機関車が登場していったのですね。
そう思うと、輸入機関車たちも、関わってこられた技術者のみなさんも、そしてその技術も・・・
その一つ一つが今を走る電気機関車の歴史・・・なのだと思いました。

前回の記事では、輸入された電気機関車のED17とED18のことに触れましたが、今回は別の機関車たちのことを少しだけ書きたいと思います。
(大正11年~12年)
アメリカ 
ウェスティング・ハウス社  1000形(ED10形)
ゼネラル・エレクトリック社 1010形(ED11形)

スイス
ブラウン・ボヴェリー社  1020形 (ED12形)

実は、電気機関車の歴史を調べ始めた頃には、あまりパソコンに向かえなくて、いつものようにいろんな本を読んでいました。
そこには写真も載っていたのですが、全てモノクロだったので(大正時代だから?)機関車の色は「茶色」と思い込んでいたのですが、その後こちらの機関車たちが西武鉄道に保管されているという情報をいただきまして、数日後・・・もしかすると・・・じゃなくて、輸入電気機関車は「赤」だった・・?(・・?!??
ちょっと悩んでおりましたが、「気がつけば九鉄フェチ The Next」のschnitzer さまが
 西武鉄道『トレインフェスティバル2008』 のイベントに参加された記事を教えてくださいまして、貴重なお写真を拝見させていただきました。(みなさまもご一緒にどうぞ。)

ここで・・私は・・3枚目を見て、思わず・・「機関車、赤い・・。」(汗・・茶色じゃなかった・・。)
上から10枚目のヘッドマークが素敵・・・。すみません、m(_ _)m 次に進みます。
11枚目・・あっ!細身で庇が長くて、スイスの機関車に似ているけど、E52・・?でも、元ED12と書いてあります・・ということは、こちらはやはり1020形だったED12なのですね。
12枚目・・E43、元ED36・・・すみません、こちらは私、調べてみたけれどわかりませんでした。前面の窓の形が変わっていますね。
13枚目・・E61・・こちらは1010形・・ED11だったのですね。アメリカ機という感じがします。
そして私は、ここで・・・
14枚目・・・ありました!E71というのが、そう、1000形・・ED10。
>いつのまにか茶色の姿に戻されて・・・
ということは、最初は茶色で、赤に塗られて、また茶色に戻った・・・つまり、最初は茶色だったのですね。
もしかすると、他の機関車たちも最初はみんな茶色だったということでよいのでしょうか。(他の機関車は「赤」?)

そして、今回・・E52、E43、E61、E71・・・にも(・・?!??・・でした。どうしてEだけなんだろうって・・。←私・・変なこと、書いていますか??(本にも書いていなかったので・・。)

今回、西武鉄道さんのイベントの記事を拝見させていただいて、大正時代の電気機関車が
このような美しい状態で保存してあるのはすばらしいことだと感じると共に、維持していかれることも本当に大変なことだと思いました。
(車両を保存することは、いろんな意味で大変なことなのですよね・・・でも、車両の存在は・・
その車両の存在こそがこうやって歴史を伝えてくれるのだということを改めて教えてもらったような気がしました。そして、鉄道を通じて情報を教えてくださったみなさんからも教えていただいたような気がします。)
電気機関車の記事はまだまだ続きますが、今、感謝の気持ちでいっぱいです。
いつの日か、西武鉄道さんのイベントに参加できる日を夢に、そして輸入電気機関車たちにあえることを願って、私も来年から気持ちを新たに頑張りたいと思いました。

そして、記事をリンクさせていただくことを快く承知してくださったschnitzer さま、本当にありがとうございました。m(_ _)m

ED17とED18

★追記いたしました。
今回の記事は、とても読みづらいかもしれません。もしも閲覧してくださった方がいらっしゃいましたら、本当にすみません・・。m(_ _)m

大正11年には、サンプル機としてアメリカやヨーロッパから電気機関車が輸入されましたが
(東海道・横須賀線の電化用)、それぞれに個性や特徴があったそうです。   

その中でも優秀で保守も容易だったのが、イングリッシュ・エレクトリック社製の
1030形(ED13形)だったので、同タイプの1040形(ED50)と6000形(ED51形・ED52形)が増備されました。
その後、ED13、ED50、ED51、ED52は形式統合されて ED17になりました。
(ED52の一部には、ED18に改造されたものもありますので、それは後ほど書きます。)

ED17 1 は、大宮の鉄道博物館に展示保存されていますが、当初は1040形のトップ機1040号として登場したのですね。
昭和3年に形式称号変更でED50、昭和6年にED17形(歯車比を貨物に変更)中央線電化時に勾配線区でも使えるように改造されたのですね。そして、昭和45年に廃車となりました。

雑誌などの写真で見ると、パンタグラフがとても大きく感じます。台車の様子も板が横についているような、ちょっと変わった感じがするので実際に見てみたいです。(クロコダイルと呼ばれる通風口も気になります。)

そして、ED18なのですが、こちらはちょっとややこしいというか、私は最初に調べた時に混乱してしまいました。
冷静になって書きますが、もしも間違っていたらすみません。m(_ _)m
輸入された6000形(ED52形)は、ED18形に改造されたのですが、その後また改造されて
ED17になったらしいのです。←どうしてまたED17に戻ったのかは、私にはわからないのですが・・。
ED17形に戻ったのは5両で、ED18形のままだったのは、ED18 1、ED18 2、ED18 3
3両。
ED17とED18の大きな違いは台車で、2軸台車の中間に遊輪が一つ入っているのですね。
軸重を軽くするため・・ということは、それにふさわしい線区を走るために改造された(当たり前のことですが)ということなのですよね。
あ、・・もしかすると、ED17形に戻った車両は、また別のところを走るために改造が必要だった・・・ことになりますね。(改造の意味が少しずつ理解できてきたみたい。)

追記
「デザイン屋の日々」のline さまよりED18 1のお写真を見せていただきました。
こちらです⇒http://gold.ap.teacup.com/line/html/ed18.jpg
クロコダイルと呼ばれる通風口がしっかりと見えますね。
貴重なお写真をそのまま使わせていただくのは大変申し訳ないので、リンクという形で画像を
ご紹介させていただきました
line さま、ありがとうございました。m(_ _)m


そして、ED18形はどこかに保存されていないのだろうか・・・気になって調べてみました。
すると、2011年3月14日に開館予定の「リニア・鉄道館」に、ED18 2が展示される予定なのだそうです。

私、もう体調不良なんて言っていられません!
行かなくてはならないところがどんどん増えています。
日本全国電気機関車に出あう旅・・・です。

西武鉄道に保管されている輸入電機のことは次の記事で・・・。

国産電気機関車誕生まで(峠の歴史そして・・・追記)

※2015年10月31日追記しました。

「電気機関車が好き」の記事の中でも少し触れていましたが、2008年10月25日の「峠の歴史そして・・・EF63その2」の追記・補足としてこちらの記事とリンクさせることによって
これから先の記事へと繋げてゆきたいと思っています。
※もしよろしければ、上記の過去記事(峠の歴史そして・・・)と一緒に閲覧していただけるとありがたいです。

国鉄最難所と呼ばれていた急勾配区間の碓氷峠。
当時、アプト式の蒸気機関車での運行は、牽引定数もですが26箇所のトンネル内の
煙の問題がとても大きかったそうです。
乗客の方も大変だったそうですが、機関士さんや機関助手さんの窒息事故が起こったり、
煙が入り込まないようにトンネルの入り口の幕を閉じる隧道番の方の作業がとても危険だった
ことなどから、なるべく早く電気運転を実現させなければならなかったのですね。
2年前に記事を書いたときの私は、煙のことに少しだけ触れていたものの、そこまで深刻な
状況になっていたとは思っていませんでした。本当にすみませんでした。m(_ _)m

明治45年に導入された電気機関車は、ドイツ アルゲマイネ社製 アプト式電気機関車10000形(EC40形)

集電は第三軌条方式・・・過去記事では、これだけしか書いていませんでした。m(_ _)m
それは、トンネルが蒸気機関車用だったので断面積が小さく、架線を張ることができなかったらしいのです。
「第三軌条方式」については、過去記事「パンタグラフ 2 電車線方式と第三軌条方式のこと
をご覧ください。

そして、私は過去記事で 明治45年からあっという間に昭和8年に飛んでしまいました。
この間に大事な電気機関車の存在があったのですよね。(言い訳なのですが・・・2年前はEF63のことで頭がいっぱいだったので、先へ先へと進んでしまいました。反省・・。)

大正8年(1919年) 大宮工場にて初めての国産の電気機関車 10020形(ED40形)が誕生しました。
当時は10000形の修繕経験しかなかったのに、主電動機も日本の技術で作られたのです。
これはすごいことですよね。
10020形(ED40)は14両製造されたのですが、そのうちの1両のED40 10が
大宮の鉄道博物館に展示されています。
http://www.railway-museum.jp/zone/history/02.html#04 

追記
走行メカニズムに対しての疑問ですが
2015年10月10日 鉄道博物館のED40の模型を見ることによって
理解することができました。


走行メカニズムに関しては、(2007年11月の鉄道ファンより)駆動のための主電動機が2台あり一つがロッドを介して各動輪に動力を伝える。←この意味はわかるのですが、
他方は車体中央にあるラック台車へロッドで動力を伝達、このラックピニオンと線路中央に設置してあるラックレールとがかみ合って急勾配の登板を可能とした・・・ここのところは、他の方のサイトで写真を見せていただいたことがあるので、頭で思い浮かべながらなんとなく・・・なので、実際に鉄道博物館で見てみたいと思います。
そして、外観上では、運転室が片方にしかなく、反対側は抵抗器室になっているということなので、そこも気になっているところです。

次回の予告・・・。
次の記事では、その後、次々と輸入電気機関車がやってくるのですが、その機関車たちが
今も保存されているという情報が・・・(^^)・・・なんだか元気がでてきました。

最初の切っ掛けは、軸重移動防止装置から

追記・1枚目の画像は差し替えました。(こちらの画像の方が棒がよく見えるので。)

クリスマス・イブなのに、内容はやっぱり・・・電気機関車です。

どうして電気機関車の最初の最初から調べることになってしまったのか、
その切っ掛けはED76の台車を見た時のこの棒からでした。
↓こちらは2009年10月25日撮影のED76 1011の台車。ED76台車


みなさんはご存知ですよね。私は2ヶ月ほど前にやっと気がついて、それからずっと(・・?!??・・この状態で、調べてゆくうちにどんどん違う方向へも走ってしまいました・・・。

機関車が起動、加速する時や坂を登る時には軸重移動が起こり、軸重が小さくなった軸は滑りやすく、大きくなった軸は滑りにくくなります。(これでは車輪が空転して十分な牽引力が出せないので、軸重移動を防止しなくてはなりません・・。)

ED76のこの装置は「ジャックマン方式」といいますが、引っ張り棒と呼ばれるこの棒が、車体と枕バネの下を低い位置で結んでいます。ここはピンでとめられているのですが、どのように書いたらよいのでしょうか・・・ここが動くのですよね。仮想心皿方式で台車が回転するようになっているのです。
引っ張り棒を低い位置に配置、そして機械的なリンク機構の働きにより仮想的な牽引伝達点をレール面上に持っていくことで軸重移動を防止する・・・。(台車、車体間の牽引高さを極力下げるのですね。)
↓こちらは、2010年11月23日撮影のED76 94の台車。ED7694台車4

ジャックマン方式は、ED75、ED76,EF71などで使われていますが、
軸重移動防止装置には別の方式もあります。

それは・・・「逆ハリンク」。(ED72、ED73、EF63に使われています。)
逆ハ引っ張り棒(とも呼ばれているみたいです。)の傾きを加えて台車にかかる牽引力の作用点をレールに近づけて軸重移動を防止しているそうです。
私のもう一つのブログをご覧になられた方もいらっしゃるかと思いますが、
この時の私(撮影は11月です。)はED72の台車についている
「逆ハリンク」を見たかったのです。(九州鉄道記念館に保存展示してあるED72 1です。 )
撮影時は本当に苦労しました・・・。本当に見えないんです・・。(泣)
なので、腕だけ下ろして勘に頼って・・・パチリ。
まずは、右から。  ↓  枕バネの下のところ。
ED72逆ハリンク

そして、左から。  ↓  上と同じようなものが・・・。
ED72逆ハリンク

できることならば、車体側面・・真横からしっかりと台車を観察したかったです。

そして、私は更に深く(・・?!?・・・。
他の機関車には軸重移動防止装置がないのだろうか・・・??そんなことはないはず・・。
そこから調べてゆくうちに、どんどん遡って・・・電気機関車の最初の最初に戻ってしまったのです。
(そして、台車のことだけでなく、とうとう電気機関車すべてに惚れ込んでしまったのでした・・・。)
クリスマス・イブに機関車に恋してる★なんて私ぐらいでしょうか・・・。

久しぶりに、私のノートです。
そうなのです・・・右下は、逆ハリンクの図・・。(^^;
ノート

電気機関車が好き 

鉄道に興味を持ち始めてこのブログを開設して、駅のホームやイベントなどで出あった車両たちのいろんなところが気になって、それまではその部分だけを調べて記事にしてきた私ですが、
数ヶ月前にある機関車の足回りを見ていて気になるものを見つけて・・・そこからどんどん
広がって、気がつけば時代を遡って国産の電気機関車が産声をあげるまで、そしてその後
どのような歴史を経て今現在に至っているのかを知りました。

調べてゆくうちに気になる部分をやっと理解することができたのですが、電気機関車の歴史を知ることで、車両それぞれの構造上の特徴、改造されることの意味、そして新たな場所での活躍など、電気機関車の存在は、私にとって興味深い対象となってしまいました。

これから数週間は、無理をしない程度に記事を書く時間が取れそうですので、この期間に少しずつ書き綴ってゆきたいと思っています。
数ヶ月前から気になっていた“台車のある部分のこと”もいつか記事中に出てくると思いますが、いろんなことに繋がっているので、うまく過去から現在へと持ってゆけたらいいなと思っています。

そして、今回、歴史を振り返った時に、自分が書いた過去記事「峠の歴史(EF63 その2)」
もう一度読み直したのですが、当時はまだ深く調べていないまま書いてしまったことに対して、深く反省しています。m(_ _)m (後日新しい記事を更新する時に、過去記事にリンクすることで追記・補足という形にしたいと思っています。)

こちらのシリーズ・・・ちょっとだけ「機関車・・・素敵な想い」になってしまうかもしれませんので、見苦しい~・・・とか、なんだこれは・・・そう思われる方は、どうぞスルーして下さい。
車両が大好きな気持ち、憧れる気持ち、表現は周囲に迷惑をかけなければ自由だと思いますので、そこのところはご了承ください・・。(^^)
大袈裟なようですが、鉄道の趣味は、ここ数年の私にとっては、生きがいみたいになっていますので・・。


それでは、最初に・・・いえ、大丈夫です。最初から台車の記事は書きませんので・・。(^^;

機関車の顔と車体なのですが、いろんな本を読んでいると「ソフトな顔つき」とか「スマートなプロポーション」とかいろんな表現がされてあるのですが、これまでの私は正直・・大きく分けて二つの顔の違い(貫通型と非貫通型)・車体は、長いか短いか・・・ぐらいしか感じていなかったのです。
なので、ソフトな顔つき?スマート?みんな同じ四角い目(←窓)と四角い体なんだけど・・(・・?!??どこをどのように見れば、機関車の顔の素敵な部分を感じとることができるのかなぁ・・・そう思っていたのです。

ところが、ある日・・・
こちらの本「20世紀 なつかしの機関車」(写真は広田尚敬さん)を見た瞬間に、
私の中で初めて   「電気機関車の顔って素敵!」  (注・今まで電気機関車全体は素敵だといつも思っていましたが、「顔」だけが素敵、そう思ったのはこの時が初めてでした。)
なつかしの電気機関車
↑表紙は、EF63 22です。

そして、1ページ目に登場するED60なのですが、「コンパクトで愛くるしい・・・」その表現に、
「本当だ・・。私は写真でしか見たことがないけれど、本当にその表現の通りだ。」・・・
そして、広田尚敬さんのお写真は素晴らしいですね。
それから引き込まれるようにして、青い機関車の顔をしっかりと見つめてゆきました。
ED62はED61を改造した車両だからソックリなんだよね・・。
同じEF60でもヘッドライトの数が違う・・それだけでも顔の雰囲気が違うよ。
EF62とEF63は前面の窓の形が違う。EF62は角が丸みを帯びているから優しくて・・・
あ、もしかするとこれが「ソフトな顔つき?」、EF63は角ばってるから男らしい感じ。
その他の機関車たちもそれぞれに個性がたくさんあるのを発見しました。
(一つ一つ書いていると長くなるので、顔と車体のことは、これからの記事でも触れてみたいなと思っています。歴史と台車のことも・・。)

さくらのお弁当

今朝、新聞に目を通していると・・・

九州新幹線さくら弁当

来年から、「九州新幹線さくら弁当」が小倉駅と博多駅で販売されるそうです。
詳しくはこちら⇒http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/216923

食べ終わった後の容器は、お弁当箱として使えるそうなので
今からとても楽しみにしている私です・・。
 [ 2010/12/22 14:43 ]  素敵な駅の掲示板 | TB(0) | コメント(2)

大どんでん返しの12月 (ちょっとだけ近況報告)

やっと記事を書く気持ちになれました。
この12月は、私にとって・・ちょっとだけ(本当は大きいけど)寂しいものになってしまいました。

 [ 2010/12/21 16:41 ]  素敵な駅の掲示板 | TB(0) | コメント(3)

門司港にて・・・(いろんなこと)

先月の終わりの出来事ですが、いろんなことを思いながら出かけた1日だったので、少し書きとめておきたいなと思いました。
そして、今も先月のままの忙しい状況であったなら、たぶん今回の写真もお蔵入りだったと思います。(すべてに余裕が無かったので。)
写真のことを含めて、本当に、いろんなことです。今回の記事は、気分的にお散歩のような・・・
そんな気持ちで書いています。(お散歩が終わったら、いろんな意味で再起動。)

いつもなら、ここから撮影するなんて考えたことはありませんでした。
だけど、この日は・・・ED72とEF10が見つめ合う先に青い車体が見えたから・・・
その場面を残しておきたくなりました。
20101123九州鉄道記念館

九州鉄道記念館には何度訪れたかな・・。
展示車両はそのままで何も変わってはいないけれど・・・そこに別の車両の存在があるだけで
その場所の空気や色や雰囲気が違ってきます。
20101123九州鉄道記念館

撮影技術も知識もなにも無い私ですが・・・車両を撮影していると、嬉しいというか楽しいというか・・気持ちが軽くなってゆきます。
こんなことを書くと恥ずかしいのですが、どうしてなのか同じような写真をたくさん撮ってしまうことも。(←デジカメだからできることですね。)
普段は、ここから↓撮影することもなかったです。(本館へ向かうスロープの上がり口。)
20101123九州鉄道記念館

駅のホームではあちこちと動き回って落ち着きの無い私ですが(ご存知の方もいらっしゃいますよね。)、こんな日は時間をかけて車両とお話しをするような気持ちで撮影しています。
(写真からそんな感じが伝わっていたらうれしいなぁ。)
20101123富士16

ED72 1 は、さくらとはやぶさのヘッドマークをつけています。桜の花の中にはやぶさ・・・
(私は、このヘッドマーク・・好きなのです。)
実は、この時も足回りが見たくて悪戦苦闘。・・↓困難・・・。(汗)

20101123ED72 18

C59 1 です。 青い客車も一緒に・・そう思って頑張ったのですが
(それぐらいの気持ちを持っていても・・)
20101123九州鉄道記念館

入った・・・そう思ったら、傾いてしまいました・・・。がっくり。
傾かないように気をつけているものの(脇を開かずしっかり閉じて・・とか、壁にくっつくとか。)
今回も残念でした・・・。
20101123九州鉄道記念館

そして、門司港駅。「幸福の泉」には、さりげなくクリスマスのデコレーション。
(「門司港レトロイルミネーション」は12月4日より。)
20101123門司港駅

夕暮れ時の門司港駅。大好きな黒い柱。
20101123門司港駅

「早く乗らないとドアが閉まっちゃうよ。」母が電車の中から私を呼んでいます。
「すぐに乗るよ。」そう言って、向こうに見える車両にお別れを・・・
20101123門司港駅

だって、この日はED76 94が恥ずかしがってしまうくらいに足元を観察させてもらったから・・
きちんとお礼を言わなくちゃ。
遠くからだけど、今日は本当に「ありがとう」・・・。
20101123門司港駅

時間

私は、「時間」というものをとても大切に感じています。
その「時間」というものは、いろんな意味での「時間」です。

時間・・それはもちろん時の経過も意味しますが、その受けとめ方は個人個人で違うものです。

私は自分の「時間」が大切だからこそ相手の「時間」も大切にしたい・・そう思っています。

20101017 885系
記事本文と今回の写真は関係ありません・・・。
 [ 2010/12/08 16:00 ]  素敵な駅の掲示板 | TB(0) | コメント(0)

オハネ15-1122

オハネ15-1122 オハネ15-1122

右に見える丸いものは・・・
オハネ15-1122

温度計。
オハネ15-1122

通路を歩いていた時には、何なのかわからなかったのですが
オハネ15-1122

窓の下にある四角いの・・・椅子だったのですね。(手前に引くと椅子になるようです・・。)
オハネ15-1122

スハネフ14と違うところは・・・あ、あった・・。
オハネ15-1122

実は、何かなと思って触った瞬間に、バチッ なんと静電気が!
それからもう触れなくなりました・・・。( p_q) 
検索してみると・・・こちらはミニテーブルみたいなのですが、位置的にちょっと・・・(・・?!??。そう思うのは私だけかな・・?
オハネ15-1122

私は寝台特急を利用したことがないのですが、少しだけ素朴な・・・(・・?!??・・・。
上の寝台を利用する時・・・靴は下に置いたまま・・なのかな。
そして、寝る時は浴衣に着替えるのですよね。浴衣のまま通路に出てもOK?だったのかな。
女性の場合は、やはり個室を利用する方のほうが多かったのかな・・。
オハネ15-1122

客車の中の見学も終わりに近づいてきました。

天井を見上げると・・・あれ?
P1040722 オハネ15-1122 14 P1040720オハネ15-1122 14

このレバーにも「開」・・・天井が開くのかしら。(^^;
オハネ15-1122天井にあるのは何?
最後の最後までいろんなところが気になってしまいました。

そして・・・
ブルートレイン・・・ずっと、ずっと憧れでした。
オハネ151122

私は、体調やいろんな事情で、走っている列車には一度も乗車することはできなかったけれど
P1040723オハネ15-1122

今回の企画で、撮影会だけでなく客車内の見学もさせていただいたことに
オハネ15-1122

心から感謝しております。
P1040726 オハネ15-1122

世の中、本当にいろんな人がいて、いろんな夢があって・・・
人それぞれに幸せの感じ方は違うけれど・・
ここ数年の私は、「鉄道」に夢や元気をもらっています。
オハネ15-112220101123

この日、私は青い客車から一つの思い出をもらいました。
母と二人で・・・。




あ・・・だけど、もう一つ・・。


オロネ15-3006

2010年12月3日 追記しました。

夢は続きます・・。
オロネ153006 オロネ153006

何もかもが本当に初めてです。
オロネ153006

ドキドキしています。                あ!本で見たドアロック・・。
オロネ153006 オロネ153006ドアロック

本当に、本当の個室です・・・。 
ここから座って見る景色はどんな感じだったんだろう・・・。
できることならば乗ってみたかったなぁ。
オロネ153006

お隣のお部屋も覗いてみました。水周りの関係でしょうね逆向きになっています。
鏡の下にはコンセントがありました。←電気カミソリ用・・と書いてありました。
オロネ153006 オロネ153006

小さなテーブルは・・・
オロネ153006

洗面台になっていたのですよね。
オロネ153006 オロネ153006

棚がありました。荷物がたくさん置けそう。お土産も・・。
オロネ153006

右下には、いろんなスイッチが・・。
左の赤いのが、「警報」その横が「暖房」、「冷房」、「床燈」、「室内燈」
オロネ153006

安全サク・・・? ちょっと読んでみます。
オロネ153006

あ、出てきた。ここからどうするの・・?
オロネ153006

できた~!(そういえば、病院のベッドにも真ん中に転落防止のサクがありました。ちょっと似ています。)
オロネ153006

そして、通路に出て気になるもの・・・発見。左下なのですが・・。
オロネ153006

細めのフックのようなものが4個。これは何かをぶら下げていたのではないかと思うのですが、位置や形からしてそんなに重かったり大きなものではないような・・・。何だろう・・(・・?!??。4個というのも気になります。
★追記・・・
間違っていたらすみません。m(_ _)m
靴ブラシを掛けるフック・・・かもしれないです。
オロネ153006

そして、ドアの近くで・・・。
オロネ153006

ここから先は、(・・?!??・・・・です。いろいろ考えたのですが・・。

ドアのすぐ横だし、「閉」「開」だからドアに関係するものだと思いますが、「自動」、「中間」、
「半自動」、「解放」・・。
自動になったり、半分自動になったりするのかな・・・と。だけど、中間?自動と半自動の中間?
そして、「他」・・・「これ」これ・・って「あれ」、「これ」、の「これ」・・?・・。
管理人・・・混乱の沼に入ってしまいました。
オロネ153006

客車の中にも、不思議がいっぱい・・でした。

だけど、もう少し続きます。

スハネフ14-101・・続き

前回のスハネフ14-101の記事の続きです。

前記事で、スハネフ14-101は24系からの改造車・・ということを教えていただいたので、少し調べてみました。

ここで・・私は14系と24系の違いを少しだけおさらいします。
(もしも間違っていたらすみません。)
14系は床下に発電機があって、24系は(床下じゃなくて)電源車に積んでいます。←これがカニですよね。
ということは、24系を改造する時に床下に発電機を取り付けて14系にした・・ということですね。
検索して調べてみると、14系の予備車確保のためということですが、14系が足りなくなったから・・それは単純にその当時はブルートレインの利用が多かったから・・・なのかな・・。
そして、スハネフ14-101は、オハネフ24-16を改造した車両だったのですね。

そして、今気がつきました。2007年の鉄道ファン3月号に、スハネフ14の写真が・・。まずは、バックナンバーも調べないといけないですね・・。(←勉強不足。)

そして・・・
今回ここで気になったのは、フックでもなく、吸殻入れでもなく・・
スハネフ14101

たぶん、初めて見た水量計。
一番左は赤い文字で「欠水」、1/4、1/2、3/4、「満」・・。
今、お水がどのくらいあるのか一目でわかりますね。
スハネフ14101
そして私の中で
3年前の給水ホースとつながりました。
ホース


そうなのです・・・。
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Author:sara
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